22. 写真と版画の融合:現代美術における写真製版の美学(第3部:ヴィヤ・セルミンスとフォトグラヴュール/銅版画)
ラトビア系アメリカ人の芸術家ヴィヤ・セルミンス(1938〜)は、果てしなく広がる夜空、うねる海面の波、荒涼とした砂漠の地表など、広大な自然空間の深く精密な描写で高い評価を得ています。彼女のグラファイト(鉛筆)ドローイングはその圧倒的な精度で有名ですが、セルミンスは何十年もの間、版画技法——特にフォトグラヴュール(銅版への写真エッチング)やメゾチント——の限界を探求し続けてきました。セルミンスにとって版画制作とは、単に既存のドローイングを複製するための手段ではありません。一瞬の写真スナップショットを、時間を宿した重厚で物理的な「オブジェクト(実体)」へと変容させる、緻密で多層的なプロセスなのです。
セルミンスの制作プロセスは、メディアと手仕事との間での複雑な変換(翻訳)を伴います。まず、彼女は自然現象の写真を自ら撮影するか選定します。次に、それらの写真を途方案もない時間をかけて鉛筆ドローイングへと描き写します。その後、彼女は自らの手描きドローイングを撮影して写真ポジフィルムを作成し、それを光感光性ゼラチンを介して銅版へと転写します。綿密にコントロールされた腐蝕液(酸)の浴槽を通じて、彼女の鉛筆画の繊細なトーンの揺らぎが金属マトリックス(原版)に刻み込まれます。最後に、セルミンスは伝統的な手工具——スクレイパー(削り棒)やバニッシャー(磨き棒)——を使って銅版を自ら手作業で削り、磨き直し、再構築した上で、重量感のあるヨーロッパのラグ紙に最終的な刷り(インプレッション)を引き出します。
カメラからドローイングへ、写真製版へ、そして手彫りの金属へと戻っていくこの精巧な循環(ループ)を通じて、セルミンスはカメラのスナップショットからその「即時性(一瞬さ)」を剥ぎ取ります。こうして生まれるフォトグラヴュールは、もはや海や空の受動的な記録ではなく、人間的な注意力と労働の結晶である密度の高い触覚的な金字塔なのです。機械的な写真転写と銅版画の古典的な重みとを融合させることで、セルミンスは写真を空間と時間に関する静けさと深みを湛えた瞑想へと高めているのです。
🔑 Key Vocabulary & Concepts
- Photogravure / Photo-etching(フォトグラヴュール / フォト・エッチング)
- 写真ポジの階調を感光性ゼラチン(カーボン・ティッシュ)等を用いて銅版に転写し、腐蝕液(塩化第二鉄)で刻んでインクを溜める凹版の写真製版技法。非常に滑らかで深い黒を表現できます。
- Dense, tactile monument to human attention and labor(人間的な注意力と労働の結晶である密度の高い触覚的な金字塔)
- 1/1000秒の写真の一瞬を、ドローイングと銅版腐蝕・磨きという膨大な手仕事の時間に潜らせることで、手にとることができる物質としての存在感(タクト性)を与える概念。
- Complex translation between medium and hand(メディアと手仕事との間の複雑な変換)
- 機械(カメラ)➔ 手(鉛筆)➔ 機械(製版)➔ 手(銅版磨き)というように、写真と手仕事を交互に何度も行き来させる表現アプローチ。
- Endowed with time(時間を宿した / 時間を与えられた)
- 消費される一瞬の記録(写真)に、版画制作の持つ密度の高い時間性と永続性を吹き込むこと。
❓ Comprehension Quiz & Answers
- Q1: How does Vija Celmins view the role of printmaking in her artistic practice?
- 正解: B) As a multi-layered process that transforms a fleeting photo into a heavy, tactile physical object.
- 解説: 第1段落の “a rigorous, multi-layered process that transforms a fleeting photographic snapshot into a heavy, physical object endowed with time.”(一瞬のスナップショットを時間を宿した重厚で触覚的な物理的オブジェクトへと変容させる多層的なプロセス)から読み取れます。
- Q2: What is unique about Celmins’s process before transferring her imagery onto a copperplate via photogravure?
- 正解: C) She translates photographs into painstaking graphite drawings first, and then photographs her drawing for photogravure.
- 解説: 第2段落の “Next, she translates these photographs into painstakingly rendered graphite drawings. She then films or photographs her own drawing to create a photographic positive…”(写真を鉛筆ドローイングに変換し、その手描き画を再び撮影して製版用ポジを作る)から読み取れます。
- Q3: How does Celmins finish the copperplate after the acid etching process?
- 正解: A) She personally reworks the metal plate using traditional hand tools like scrapers and burnishers.
- 解説: 第2段落の “Finally, Celmins personally reworks the copperplate with traditional hand tools—scraping, polishing, and burnishing the metal…”(スクレイパーやバニッシャーなどの手工具を使って金属板を自ら削り、磨き直す)から読み取れます。
【補足解説】
フォトグラビュールの詳しい工程は、下記サイトでとても詳しく紹介されています。
本記事の英語原文(読解クイズ付き)は、note.comの連載『アート系英文読解』で公開しています。アートの知識と一緒に英語力を身につけたい方は、ぜひ[こちら]から挑戦してみてください!
【筆者プロフィール&作品】
このコラムは、現代アーティスト・川田祐子が執筆しています。 実際の銅版画作品は、こちらのギャラリーサイトからご覧いただけます。 👉 https://kawadayuko.jp/printmaking/

















