008.版画の概念変革(第2部:「画家=版画家」の誕生とオリジナル版画)

1839年の写真の発明に続き、版画は深刻かつ深い変化を経験しました。もはや油彩画を複製するという重荷を背負わなくなった19世紀後半の芸術家たちは、直接的な芸術創造のためのメディアとして版画を取り戻し始めました。この運動は「画家=版画家(画家兼版画家 / Peintre-Graveur)」という概念を生み出しました。これは、版を腐食(エッチング)することからプレス機で刷りを引くことまで、版画制作の全工程を画家自らの手で実行する芸術家たちのことです。

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、エドガー・ドガ、ポール・ゴーギャンのようなパイオニアたちは、版画が絵画とは異なる美学的な可能性を提供していることに気づいていました。例えばホイッスラーは、サーフェス・トーン(地刷り)として知られるように、銅板上にインクの薄い膜を微妙に残す実験を行い、テムズ川沿いの情緒豊かな夜景(ノクターン)を作り出しました。ドガにとって版画は新しいテクスチャをテストするためのオープンな実験室であり、しばしばモノタイプとパステルを組み合わせていました。

Nocturne (Nocturne: The Thames at Battersea), James McNeill Whistler American, 1878
Lithotint with scraping on a prepared half-tint ground, printed in soft gray-black ink on pale blue laid chine mounted on ivory wove plate paper; second state of two (Chicago)
Image: 6 3/4 × 10 3/16 in. (17.1 × 25.9 cm)
Sheet: 13 1/2 × 19 5/16 in. (34.3 × 49 cm)
Nocturne (Nocturne: The Thames at Battersea), James McNeill Whistler American, 1878
下地を施したハーフティーン地へのリソティント(スクレイピング[削り]併用)、
アイボリー色のウーブ版画用紙に台紙貼りされた薄青色の簾目入り中国紙に
ソフトグレーブラックのインクで印刷
Image: 6 3/4 × 10 3/16 in. (17.1 × 25.9 cm)
Sheet: 13 1/2 × 19 5/16 in. (34.3 × 49 cm)

こうした芸術的創作物を、大量生産される商業印刷物と明確に区別するため、20世紀の転換期頃に新しい慣行が生まれました。芸術家たちは紙の余白(マージン)に、限定部数を示すエディション番号(「12/50」など)とともに、自らの鉛筆サインを直接入れ始めたのです。この取り決めは版画の真実性(本物であること)を保証し、一枚一枚の刷り物を、世界中のコレクターやギャラリーから評価される「オリジナルの芸術作品」へと昇華させました。

金属板をコピーの道具としてではなくキャンバスとして扱うことで、「画家=版画家」たちは版画を主要な芸術メディアへと引き上げました。彼らは版画が二流のコピーなどではなく、画家の手による固有で生命力にあふれた直接の表現であることを証明したのです。


🔑 Key Vocabulary &

  1. 1 Painter-Etcher / Peintre-Graveur(画家=版画家 / 画家兼版画家)
    • 単なる職人(彫版師)ではなく、自ら構図を考え、自ら版を刻み、刷りまで行う近代的な芸術家としての版画家を指す用語。
  2. Surface tone(サーフェス・トーン / 板面のインク残し)
    • 銅板の凹部だけでなく、拭き取りの際に板面の上に意図的に薄くインクを残すことで、独特のぼやけた空気感や明暗(夜景など)を作り出す技法。ホイッスラーが愛用。
  3. Pencil signature & Limited edition numbers(鉛筆サインと限定部数番号)
    • 版画を大量印刷物から区別し、「限定された芸術作品」としてマーケットに定着させた20世紀初頭の大切なイノベーション。
  4. Elevate A into B(AをBへと引き上げる・昇華させる)
    • elevated printmaking into a primary artistic medium(版画を主要な芸術メディアへと昇華させた)。

❓ Comprehension Quiz & Answers

Q1: What does the term “Painter-Etcher” (Peintre-Graveur) refer to?

  • 正解: B) A painter who personally executes every step of the printmaking process as an original art form.
  • 解説: 第1段落の “painters who personally executed every step of the printmaking process…”(版画制作の全工程を自ら実行する画家)から読み取れます。

Q2: How did James McNeill Whistler create atmospheric nocturnal scenes on copper plates?

  • 正解: B) By leaving subtle films of ink on the plate, known as surface tone.
  • 解説: 第2段落の “leaving subtle films of ink on the copper plate—known as surface tone—creating atmospheric nocturnal scenes…”(サーフェス・トーンとして知られるインクの薄膜を板の上に残すことによって)から読み取れます。

Q3: Why did artists begin adding pencil signatures and edition numbers (e.g., “12/50”) to their prints?

  • 正解: A) To distinguish their original artistic creations from mass-produced commercial prints and guarantee authenticity.
  • 解説: 第3段落の “To distinguish these artistic creations from mass-produced commercial prints… guaranteed the authenticity…”(大量生産の印刷物と区別し、本物であることを保証するため)から読み取れます。

【補足解説】

文中挿入の作品画像は、正確には、サーフェス・トーンではなく、石版を使ったリソティントです。ホイッスラーのエッチング+サーフェス・トーン『Nocturne』(1879–1880年)は、次回ご紹介します。

作品と技法の正しい整理

  1. 『Nocturne: The Thames at Battersea』(1878年)
    • 技法: リソティント(Lithotint / 石版画)
    • 特徴: 石版の上に液状インクを筆で乗せる(ウォッシュ)技法とスクレイピング(削り)で、テムズ川の薄霧と月光を描いた作品。
  2. 『Nocturne』(1879–1880年)
    • 技法: エッチング+サーフェス・トーン(Etching with surface tone / 銅版画)
    • 特徴: 『第一ヴェネツィア・セット』に含まれる作品。銅板の上に職人的・手作業で絶妙にインクを残し(サーフェス・トーン)、ヴェネツィアの夜のラグーナを描いた作品。


本記事の英語原文(読解クイズ付き)は、note.comの連載『アート系英文読解』で公開しています。アートの知識と一緒に英語力を身につけたい方は、ぜひ[こちら]から挑戦してみてください!



【筆者プロフィール&作品】このコラムは、現代アーティスト・川田祐子が執筆しています。 実際の銅版画作品は、こちらのギャラリーサイトからご覧いただけます。 👉 https://kawadayuko.jp/printmaking/


3件のフィードバック

  1. 版画の世界には、さまざまな決め事や技法があります。その知識を知っていて見るのと「絵画やドローイングと同じようなもの」と思って見るのとでは、面白さや楽しみが全く違うことになります。

    「絵画にはない版画の面白さとは何だろう?」そういう興味で記事を読んで頂ければ幸いです。

  2. 墨絵みたいだけど…と思ってみてみると「ノクターン」と題した版画なのですね。
    ノクターン🟰夜想曲といえば、ショパン、ドビュッシー、他にも浮かびますが、改めて「ノクターン」について調べましたら
    美術の分野では夜景画ですね。
    夜のひんやりした空気を伝えてくれる白い靄はサーフェス・トーンという技法、拭き取りの際に板のインクを薄く残す表現方法なのですね。
    版画の技法もいろいろあるのですね。

    版画が写真の技術進歩によって複製の職人技から芸術表現に変容したこと、「今までと違うことを自分なりにできないか」と画家が挑み続けて変容したこと、その足跡を知ることができ現代においてもこの変容は続いているのではないかな、、という角度で拝読しておりました。

    数日に一度目を通す状態ですが、貴重な学びをありがとうございます。

    1. Kinakoさん、コメントありがとうございます。「ノクターン」の曲を聴きながら、この作品を見ると、また違った味わいがありそうですね。ドビュッシーの曲にも、どこか東洋的な調子を感じますし、当時の人々が夜景の奥に何を感じていたのか?想いを馳せてみたいと思いました。音楽の世界に気づかせて下さって、ありがとうございます!✨

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です